人と人との言い争いや、切ないすれ違い。

 

家庭・学校・会社・地域etc、

はるか昔から世界中で起こっている。

 

そして今もなお、多くの人が、

人間関係に悩み、学び、相談している。

 

講演・書籍・動画でも、

「相手の話を聴こう」

「長所を見つけて褒めよう」

「スルースキルを身に付けよう」

などとたくさんの素晴らしいノウハウが出回っているにもかかわらず、

いまだに多くの人が悩むのはなぜだろうか?

 

 

まず1つ言えるのは、もし、

「こうやったらうまくいく」

という絶対的に正しい方法があったとしても、

それが素直に受け取られて、

実践される事はほとんどないという事。

 

例えば、成功者に、

「毎朝トイレ掃除をしたらいい」

とアドバイスされたとしても、

「そんな事なんかでうまくいく訳がない!」

と心の中で否定する。

 

これまでと違った結果を出すためには、

これまでと違った行動をするしかないのに、

それでも狭い自分の中の常識で判断してしまい、

新しい行動・チャレンジは実践されにくい。

 

 

また、

「こうやったらうまくいく」

とわかっていてもできないケースもある。

 

例えば「感謝の気持ち」。

 

「感謝の気持ち」が大切だとわかっているのに、

家族・社員に対して、

感情的になって余計な事を言ってしまって、

後で自己嫌悪に陥る人は多い。

 

「感謝の気持ち」は溢れるように湧いてくるもの。

結果として自然に持てるようになっているもの。

 

だから、

「感謝の気持ちを持たなければならない!」

と言っている人ほど、

本質を理解できていないのかもしれない。

 

行動・プロセスをすっ飛ばして、

結果だけを得ようとしても

なかなかうまくいかない。

 

だからこそ、

「感謝の気持ち」を自然に溢れ出るようにさせるために、

トイレ掃除・お墓参り・元気な挨拶など

心を整える習慣が必要になるのかもしれない。

 

苦しみを乗り越えてきた成功者ほど、

それがわかっているからこそ、

結果よりもそのプロセス(あり方)を大切にする。

 

そのため直接的には結果に繋がらないように思える行動をするよう

アドバイスしてくれるのではないだろうか?

 

 

と、偉い人にそんな背景から丁寧に説明されたところで、

実際私もやっていないように、

アドバイス通りに実践される事はあまりない。

 

というのも、

そもそも人が人間関係の問題について学んだり、相談したりするのは、

ほとんどの場合、実践するためではないから。

 

簡単な方法をどれだけわかりやすく伝えられたところで、

実践もしないまま、できない理由ばかり言われて行動に繋がらない。

 

変わらないまま留まり続ける。

 

なぜなら、ほとんどの場合、

人が勉強するのは、安心するためだから。

人が相談するのは、わかってもらうため・認めてもらうためだから。

 

ただそれは本人に自覚があるかどうかは別。

 

私もそうだけれど、人に相談する時、

行動にするために相談するというよりも、

「自分が間違っていない事をわかって欲しい」

「自分の頑張りを認めて欲しい」

という想いの方がきっと強いのではないだろうか?

 

 

実際、

「夫婦関係がうまくいかない」

「大切にしていた社員が辞めて苦しんでいる」

などと相談するとよく言われるのが

「それはお前が悪い!」

という正論。

 

相談者にとって、図星だからこそ痛い。

 

頑張ってきた自分を認めてもらえないまま、

これまでの自分を否定されたように感じてしまって、

余計に寂しい気持ちになる。

余計に心を閉ざして行動できなくなっていく。

 

これはダイエットできなくて困っている人に、

「運動していないお前が悪い!」

と短所是正的なアドバイス(?)したところで、

相手を傷付けるだけに終わる事が多いのと似ている。

 

人に相談する時も、

人の相談を受ける時も、

本当はアドバイスなんて必要とされていないケースの方が多いはず。

 

求めているのは、

「どうしようもない気持ちをわかってもらいたい」

「モヤモヤした気持ちを整理して癒したい」

本当はただそれだけ。

 

アドバイスを受け入れられるようになるのはその後。

 

部下に想いが伝わらないと嘆く上司は、

自分で認識できているかどうかは別にして、

正論のアドバイスで部下を傷付けてしまってきているはず。

 

 

人と人との言い争いや、切ないすれ違い。

 

表面的には、

どれだけ頭のいい人でも、素晴らしいノウハウでも解消できない

複雑に絡み合った問題に見えるかもしれない。

 

でもその本質はきっと、

わかって欲しい・認めて欲しい人同士の意地の張り合い。

 

お互いが本音をさらけ出し合えれば解消されるはず。

 

しかし自分で自分の本音を認識できている人は少ない。

プライドが高くて、恥ずかしがって発信できない人の方が多い。

 

ただ寂しいだけ、ただ嫉妬しているだけなのに、

自分が行動から逃げている事を認めたくなくて、

自分ができない事をやっている人を攻撃したくなる。

 

自分の正しさを他人に押し付けて蹴落とそうとする。

 

指摘されたところで、

恥ずかしくて、カッコ悪くて、

そんな事を認めたくないのが普通。

 

伝えようとしたところで、

受け入れられずに感情的に否定されたり、

逆恨みされたりするだけ。

 

 

「これが悪い!あれが悪い!」

と何かを否定している人に対して、

「いや本当はそうじゃない!」

と否定で返しても意味がない。

 

受け入れられない寂しさで、

余計に怒りが増長するだけ。

 

これは普段の仕事でも同じ。

マニュアルを読まずに失敗してクレームを言う人に、

「マニュアルを読んでください」

と正論を言っても余計に怒られるだけ。

 

「今時の若者はやる気がないからダメなんだ!」

と怒っている人に、

「やる気を出させられないあなたに課題があるんじゃないですか?」

と正論を言っても、場の空気を凍らせるだけ。

 

伝わらないとわかっている人に

伝えて嫌われるのはもったいない。

 

 

もっとしたたかに、

怒りたい人・逃げたい人を受け入れて、

味方につける戦略を取った方がうまくいく。

 

「あなたが悪い!」

と怒っている人に、

「俺は悪くない!」

と否定するよりも、

「俺が悪い。申し訳ない。改善するためにどうしたらいいと思う?」

相手を否定しないで受け入れて、

相手を味方に引き入れるように動いた方が前向きに物事が進む。

 

「炎上商法」が1つの手段として使われているように、

怒りのエネルギーをうまく活用すれば、

大きなうねりとなって広がる。

 

 

真面目な人ほど、

「正しい事は正しい」

「正しくない事は正しくない」

と言いたくなるのかもしれない。

 

その気持ちはとてもよくわかるけれど、

それはもしかしたら、ただのエゴなのかもしれない。

 

自分が言いたい事を言っているだけで、

相手の感情を無視しているのかもしれない。

 

社会は本音と建前、

人の欲望によって動かされている。

 

だからこそ、人の感情を無視してはうまくいかない。

 

清濁併せ呑んで物事を進めた方が前向き。

 

本当に正しい事はすぐには伝わらないかもしれないけれど、

時間が経つ毎に自然な形で正しい方向に収束するように収まっていく。

いつか時間が証明してくれる。

 

 

「間違っている事を正す」

「正しい事を言う」

のは正しい事なのかもしれない。

 

でも正しいだけではうまくいかない。

 

伝えるために聴く。

伝わるように伝える。

時には正しくない事もうまく調和させて受け入れる。

とにかく楽しくやる。

 

そうやって、したたかに物事を進めていく事も、

1つの戦略としてとても大切な事だと思うのです。