組織や社会、何かを変えるために行動している人は

なんだかカッコ良く見える。

 

でも、そんな人達に憧れて

マネしようとすると、

なんだか違う感じになってしまいがち。

 

例えば、

自分がうまくいかないストレスを、

社会や制度のせいにして、

「この国はおかしい!」

と怒ってしまったり。

 

例えば、

自ら努力もしないまま、

現状に感謝の気持ちもないまま、

「自分が結果を出せないのは、教え方がヘタクソな上司達が悪い!」

と、現実逃避・責任転嫁の一環として組織を変えようとしてしまったり。

 

例えば、

頼まれてもいない事を、

自己犠牲を払って頑張って、

「みんなのために俺がこんなに頑張ってるのに!」

と勝手にイライラして雰囲気を悪くさせてしまったり。

 

色々経験してきたけれど、

どうやら、何かを変えようとする事が

すべてカッコいい訳でもないらしい。

 

カッコいい人と似たような事を

言っている・やっているはずなのに、

逆に痛い感じになっている人もいる。

 

「憧れる人」と「痛い感じに見える人」の違いは何だろうか?

 

 

 

個人的に感じるのは、

それは何かを変えようとしている人の

心の状態の違い。

 

その人が今幸せで、

「こうなったらみんな喜ぶしステキだよね~」

みたいなノリで幸せのシェアをしようとしているのか?

 

それとも、

その人が今、不幸で、

「こんなに自分達が苦しむのは◯◯が悪い!」

と自分の苦しみの責任を誰か・何かに押し付けるために、

ただ攻撃しているだけなのか?

 

変えようとしている人の心が、

それなりに満たされていないと、

苦しみのシェアになって重たく感じる。

 

 

そもそも、

自分の苦しみをなんとかするために、

社会・組織全体を変えようとするなんて大変で非効率。

 

例えば、

時給900円分の仕事しかできない人が、

「給与が低いから最低賃金1500円にしろ!」

と怒って制度を変えたところで、

その人は時給1500円分の仕事ができずに、

そのうち失業する事になるだけ。

 

全体の制度を変えようとするより、

時給1500円稼げるように

スキルを磨いた方が前向きで簡単。

 

「社員をリストラをするなんておかしい!」

と社長を追い出して別の誰かが社長になったとしても、

それで資金繰りが改善される訳でもない。

銀行交渉が進む訳でもない。

 

変化を突きつけられる偉い人(?)も、

変えたところでうまくいかないのがわかっているから、

なかなかスムーズには動けない。

 

自分(自分達)を変えないまま、

まわりだけを変えたとしても、

余計に大変な状況に陥りがち。

 

 

とはいえ、それを、

今不幸を感じている人に伝えても、

聞く耳を持たずにわかってもらいにくいもの。

 

お互いに腹を割って話し合えばわかりあえるはずなのに、

「否定された」と勘違いして、感情的になって、

なかなか議論・対話に繋がらない。

 

偉い人(?)からしても、

わかろうとする気があまりない人に

わかるように説明する時間・エネルギーが惜しくて、

後回しにされがち。

 

そうやって至るところですれ違いが起きている。

 

 

まず、

誰かを攻撃してまで何かを変えようとする前に、

知っておいた方がいいと思うのは、

まわりよりも、自分を変える方が簡単だという事。

 

「今の自分が不幸なのは、この会社のせいだ!」

と勤める会社を変えようとするよりも、

自分に合う会社を探して転職する方が簡単。

 

組織を変えるだけのエネルギーがあるなら、

自分で作ってしまう方が簡単。

 

「この国は自分たちに冷たい!」

と社会全体を変えるよりも、

その中でも長所を見つけて、

自分のとらえ方を変える方が簡単。

 

それをサボって、

自分が変われないのを誰か・何かのせいにして

攻撃して変えようとしても、

攻撃された相手は、

「それは自業自得でしょ?」

「文句あるなら自分でやったら?」

と戸惑わせる事になるだけ。

 

 

それを無視して、

正義のヒーローになったつもりで、

偉い人を攻撃しようとしたって、

力があるのは偉い人の方。

 

たいていうまくいかずに返り討ちに合う。

 

攻撃を成功させる1つの方法として行われるのが

ゲリラ戦略的な嫌がらせ。

 

知性の低い&心の歪んだ人を煽って炎上させたり、

勘違いした人が関係のない多くの人をも巻き込んで

心痛めるような事件を起こしたり。

 

もし、攻撃が成功したところで、

その先にあるのはとても短い達成感と、

どうしようもない虚無感。

 

注目されて、テレビ的に視聴率も取れて、

エンターテイメントショーとしては

面白いのかもしれないけれど、

汚い言葉が飛び交って、

なんだか寂しい気持ちになる。

 

 

 

何かを変えようとしてうまくいきやすいのは、

まずは自分が変わって、

自分自身が幸せな心の状況になった上で、

自分も含むみんなのために何かをするという幸せのシェア。

 

今が不幸だから何かを変えるのではなく、

「今も楽しいけど、こうなったらもっと楽しいんじゃない!?」

とニコニコ・ワクワクしながら、

変化を一緒に楽しむやり方。

 

実際、

「あなたはもっとこうした方がいい」

とアドバイスをされた時、

その人が不幸そうだったら話を受け入れにくい。

 

「これを変えた方がみんなが喜ぶ」

と言っている人がとても不幸そうだったら、

話を聞こうとさえ思わなくなる。

 

自分が幸せであることが、

人の心を動かす大きな力になる。

 

 

もしかすると、

憧れてカッコ良く見える人に共通するのは、

何かを変えようとしている事ではなくて、

自分の人生を自分らしく楽しんでいる事なのかもしれない。

 

自分が幸せで、自分の周りも幸せで、

それが自然に広がっていくような変化がきっと、

みんなが喜ぶ社会・組織の変え方。

 

誰かを悪者にしなくても、

重たい気持ちにならなくても、

自己犠牲を払わなくても、

社会・組織は変えられる。

 

そんな自然で幸せな変化を広げていきたいです。