人それぞれが持っている

悔しい経験、悲しい経験。

 

それはたいてい、

頑張ったのにうまくいかなかった痛み。

 

誰かのせいにできる訳でもなく、

どう反省していいのかもわからない。

 

感情の落とし所を

どこに求めていいのかわからないからこそ苦しい。

 

本気であればあったほどに襲ってくる、

逃げ場のない虚しさ。

 

みんなそれが嫌で

本気になる事を避けているのかもしれない。

 

 

「何事もやればできる!」

と信じたいけれど、

実際は自分の力では

どうにもできない事もある。

 

失敗して誰かに責められている人だって、

決して頑張っていなかった訳じゃない。

 

結果だけを見て、

過去になんであんな選択をしたのかと問われたって、

その時にはそうせざるを得なかった理由があっただけ。

 

 

最終的に他人の事は他人が決める。

 

結果は他人に左右される以上、

自分の頑張りと目の前の結果が

一致するとは限らない。

 

リスクを減らす事はできたとしても、

それでも運が悪ければ失敗する。

 

不測の事故や急な変化、

想定外の理由による失敗を

自分のせいにして抱え込んでしまうと

頭がおかしくなる。

 

だから大切な事は、

頑張った事がうまくいかなくても、

決して自分を責めない事。

 

頑張った自分を褒めてあげる事。

 

結果ありきで見てしまえば、

失敗の原因なんていくらでも見つかる。

 

自分なりに頑張った過去を否定して、

あの時ああしておけばよかったと後悔しても、

余計に虚しくなるだけ。

 

考えすぎるほど、

目的を叶える手段の1つが失敗しただけにもかかわらず、

失敗のショックに囚われて抜け出せなくなってしまう。

 

 

みんな成功したいと思って頑張るけれど、

そもそも、成功しないと

幸せになれないと思い込んでしまっている事が、

人を苦しませるのかもしれない。

 

持つべきものは、結果に左右されない幸福感。

 

ただその事をやれているだけで感じられる幸せ。

頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。

失敗してもいい。

 

ただ成功できたらもっと幸せくらいで

ゆるく考えられたら素晴らしい。

 

実際、人生を楽しんでいる人は、

うまくいっていなくても、

幸福感を味わえている。

 

 

何が幸せかは人それぞれ。

 

自分が幸せかどうかは自分で決める事。

 

他人が決めた幸せの定義に縛られる必要なんてない。

他人や結果、過ぎ去った過去の出来事に

委ねなければならないものでもない。

 

 

辛い出来事についてどれだけ考えたところで、

それは解決できない問題である事が多い。

 

それよりも今の幸せを味わう事ができれば、

辛かったはずの出来事も、

今の幸せを構成する明るい要素として

解釈できるようになってくる。

 

自分の力ではどうにもできない苦難を

どう解釈する事ができるか?

 

毎日を幸せに生きるため、

問われ続けているのかもしれない。

 

 

結果へのこだわりも大切かもしれないけれど、

そんなものに左右されない幸せを

噛み締めて生きていきたいです。