自転車事故で1億800万円もの請求。

「こんなバカな話がある訳がない」

しかし、会社にも弁護士にも保険会社にも頼れなくなった事で、先が見えない不安は募っていった。

どうしようもなくて、いろんな人に相談した。しかし、相談するという事は苦痛だった。

 

ほとんどの人に言われるのが、

「保険はちゃんと調べてみた?」

「弁護士には相談したの?」

などの当たり前の事。

毎回、お決まりのパターンで疑問に答え説明するところからスタート。そして、本当は言いたくもない事を根ほり葉ほり聞かれて答えても、結局何も前に進まないまま、最後は気まずい雰囲気で終わる。

 

特に嫌だったのが、中途半端な知識を持った専門家の人。

「もっと早く弁護士に相談したらよかったのに・・・」

「相手と揉める前が大事なのに・・・」

どうにもできない過去の粗探し。それは何の意味もない知識の自慢。

 

一番知りたいのは、

「だから今どうしたらいいのか?」

しかしそれは教えてもらえずに脅されるだけ。一緒に何かしてくれようとする訳でもなく、ただデリカシーのない言葉に傷付いた。

興味本位で散々話をさせられた挙句、

「俺はお金ないから」

「まぁ、頑張ってね」

とスーッと引いていく人も結構いた。お金が欲しいなんて一言も言ってないのに。

今まで友達だと思っていた人は、ただの表面的な付き合いの人で、本当の友達ではない事を知った。

損得で人と付き合っていたからこそ、損得で人が離れていく。

33年生きてきたのに、親友と呼べるような友達が1人もいない事を思い知らされてショックだった。

 

本来最大の味方であるはずの妻にさえも、自転車事故の話はまともにできなかった。

何かを報告する度に

「大丈夫なの?」

「ウチはどうなるの?」

と聞かれた。

そんな事言われたって私も困るだけ。あたふたされるのが鬱陶しかった。

 

初めての子育てと仕事で精神的にも大変だった妻。

余計に心配させて、こちらまで凹むのが嫌だった。

聞かれるとイライラするので、自然に何も話せなくなった。

 

「困ったら相談すればいい」

と簡単に人は言うけれど、その相談する辛さをわかっている人は、いったいどれだけいるのだろうか?

レアでニッチな困り事になればなるほど、解決策を知っている人に巡り会うのが困難になる。

勇気を出して話を切り出しても、重たい雰囲気にさせるだけ。

プライドはズタズタ。気持ちをわかってもらえない寂しさは膨らんでいく。

みんなに傷口を抉られてまで相談するくらいなら、自分で抱え込もうとするのが普通なんだと思う。

 

振り返ると当時の私は

「自分は悪くない」

という想いをわかって欲しかった。

ただそれが、自分自身でも認識できていなかった。

みんなテクニックを教えてくれようとするばかりで、気持ちをわかってくれる人はほぼいなかった。

気持ちをわかって欲しいという想いを伝えられていないから、ある意味当たり前の事ではあったけれど、満たされない想いが募っていくばかりで辛かった。

 

そもそも、自転車事故は、たまたまお互いがぶつかって、たまたま私が体を打って、相手が頭を打った。

悪い事をしたなんて思っていないのに、相手が結果として被害が大きいからと、私だけが加害者として責められた。実際、相手が被害届を出したために、刑事事件として検察に呼び出され、傷害罪で20万円もの罰金まで払わされた。

検察の担当者に、

「お互い様なのになんで私だけなんですか?」

と食い下がると、

「そういう法律になっているから」

ただそれだけだった。

逆に今罪を認めなければ、50万円の罰金・懲役もあり得ると脅された。

 

誰かに相談しても、もらえるのは使えないアドバイス。心配される度に虚しくなった。

いろんな人から、

「お前が悪い」

と言われているような気がした。

人間不信になって、誰も味方がいないように思えた。

悔しかった。寂しかった。

 

それでもなんとか、保険代理店の人の紹介で、医療過誤の弁護をした事がある弁護士を紹介してもらえた。

「大変だったね。大丈夫だから。」

「目撃者がいれば0対10で勝てる可能性がある。」

そう言われた時に涙が止まらなくなったのは、初めて自分の気持ちをわかってくれる味方ができたような気がしたから。

しかしその弁護士も、契約後は、

「じゃあ探偵雇ってでも証拠探しますか?すごくお金かかるけど。」

「自分だけ保険金の範囲内で収めようなんて虫が良すぎる。」

「気が収まらないんだったら裁判でもしますか?余計にお金かかるけど。」

など、突き放すような発言があった。そこに過敏に反応してしまい、その弁護士も信じられなくなった。

今なら、その弁護士は、自分の正義を100%認めさせて勝つなんてできない事を私に教えてくれていたとわかるけれど、当時の私にはそれがわからなかった。

 

ただそれでも、私がツイていたのは、今まで縁が薄かった意外な人が助けてくれた事。

 

1人は会社にいた時はあまり話した事がなかった元同僚。

元同僚は学生時代に大きなカードローンを抱え任意整理をした経験を持っていた。

私が自転車事故の話をした事で、初めてその事を教えてくれた。

そして私の気持ちをわかった上で、弁護士も教えてくれなかった自己破産の事を詳しく教えてくれた。

・自己破産してもまわりにはバレない事

・デメリットは住宅ローンとクレジットカードくらいだという事

・1年以上前に動かしたお金は追及されない事

などを教えてくれた。

今まで弁護士から教えてもらえなかったのが不思議なくらい、調べれば調べるほど、請求から逃げる方法がいくらでもある事がわかって安心した。

 

また1人は、1年に一度ランチをする関係だった、法人向けリスクマネジメントで有名な保険代理店の役員。

その人は、弁護士以上に頼りになった。正直その役員の人に、そんな知識があるなんて思いもしなかった。

通常業務中の事故という事を会社に認めてもらいさえすれば、1億円の施設賠償責任保険が使えて、全部チャラになると言う事を教えてもらった。

しかも会社の保険証券のコピーを見て、保険会社の審査担当者に直接問い合わせてくれて、支払える事まで確認してくれた。

とはいえ、会社も業務中の事故とは認めてくれなかったり、保険会社の営業担当から保険は使えないと嘘を付かれたりしたけれど、それでもその保険を使う方法、最悪訴えたら勝てるという事を教えてもらった。

 

また1人は、交流会で出会ったおじいさん。

よくわからないコネで、大成功者達を紹介してくれた。

そこでいろんな質問をさせてもらった。話を聞かせてもらった。

とはいえ、大成功者の話は最初は全然話が噛み合わなかった。

お金の話をしても、

「ありがとうと言っていればうまくいく」

みたいな事を言われて意味がわからなかった。それでも何度も何度も話をさせていただいていると、少しずつ意味がわかるようになってきた。もっと大きな視点で人生を捉えている大成功者。お金は誰かを笑顔にさせるための1つのツール。

もっと過激な経験をしてきた大成功者の言葉に、1億円の請求で悩む事がちっぽけな事だと気が付かされた。

何よりも、私が、自己破産・離婚・退職を覚悟した事で、今まで縛られていたものから解放されたのがよかった。

どれだけお金を稼いでも、自己破産でお金がなくなるかもしれない状況。どれだけ頑張って仕事をしても意味がなくなったからこそ、好きな事だけをしようと思えた。

 

会社の上司には迷惑をかけたけど、それでも仕事よりも事故の事を優先していいと自由にさせてくれたのも大きかった。おかげでいろんな場所に出かけられた。

そこでは、今までの流れでは出会えなかった「お金に縛られずにやりたい事をやって幸せに生きる人達」がいた。

悪貨は良貨を駆逐すると言われるように、本当な有益な情報ほど、インターネット検索だけでは辿り着けない事を知った。

 

いろんな人に出会って、そんな人たちに助けてもらったり、刺激を受けたり。

私の心は晴れやかになっていった。

 

その3に続く