内容証明郵便が届いた後も、相手弁護士とのやりとりはなかなか進まなかった。

「こっちが払う側なんだから焦る必要はない」

「万が一時効にでもなればラッキーだから」

とあえて放置し続けようと、私側の弁護士から提案されていた事もあって、ずっとモヤモヤした状態が続いていた。

・結局いくら支払う事になるのか?

・自己破産する事になるのか?

・自己破産するとしたら離婚をするタイミングは? etc

何もわからなくて、ずっと心にトゲが刺さっているような状態。なんとも言えないストレスがあった。まわりの人達にも心配はされているようで、それでも触れられたくもなくて気持ちが悪かった。

 

そんな人に言いたくなかった自転車事故の事を、まともに人に話せるようになったのはデリカシーのない後輩のおかげ。というのも、なんとその後輩は私の事故を保険の営業のネタに使っていた。私が隣に居るのにもかかわらず、

「この人は保険に加入していなかったせいで大変だったんだから。」

と笑いながら私に話を振ってきた。ものすごくムカついた。しかしそれでも仕方なく話をすると、私の経験談は今までになかったほど食い付かれた。私の苦しみを上手にネタに使って仕事に活かしている後輩。悔しかった。逆に私がこれを活かさないのが馬鹿らしく思えた。以前から保険会社や保険代理店向けのコンサルティングをしていた事もあって、自転車事故の経験はある意味とても役に立った。

 

特約で月々100円ちょっとで加入できる個人賠償責任保険。素晴らしい保険なのに、自動車会社も保険会社もあまり積極的に提案していない事をネタにして、セミナーや勉強会で話をするとすごい反響があった。保険の事を知らない人を向けにどんな時に使えるのかプレゼンをして、

「こんな保険があったとしたら月々いくら払う?」

と質問すると、

「3000円でも入りたい」

という人がたくさんいた。

 

当時の私にとって、どれだけ稼いでも意味がないと思えていた状態で臨む仕事。それでも伝える度に驚かれたり、喜んでもらえたり。それまでのような自分が稼ぐ事・契約をいただくためという数字を意識したスタンスではなくて、自分が伝えたい事を伝えたり・相手に喜んでもらえる事だけを意識して仕事ができるようになった。

自然体でできる仕事は楽しかった。お客様と友達のように仲良くさせていただく事できるようになった。実際、今でも仲良くさせていただいているのはほぼこの頃以降に出会った人達。自然体で仕事に臨み、ストレスもなく自然な感じで結果に繋がった。今まではダイレクトメールでメリットを打ち出してなんとか集客していたセミナー・勉強会も、直接の電話・お客様の紹介でそれなりの人数を集客できるようになった。たくさんの人に伝えたいと言えば、お客様が人を集めて話をさせてくれた。

自然に文章が書けるようになったり、レジュメなしで話ができるようになったのもこの頃から。ただありのままの自分の想いをストレートに伝えるだけ。そうすれば文章力がなくても、滑舌が悪くても、最悪何を言っているのかわからなくても大丈夫だった。感情を込めて本音で伝えようとする言葉は相手の心に響くとわかった。

 

そして、事故からもうすぐ4年になろうとしていた2013年10月、

「そろそろ時効なので」

と相手側の弁護士から本格的に前に進めようと連絡があった。

 

その頃になってもまだ私が悪いなんて思っていなかった。だから3000万円の保険の範囲内で収める事しか頭になかった。それが変わったのは弁護士の一言。

「300万円で自己破産も裁判もしなくて済むとしたらどうですか?」

最初の頃だったら

「300万円も!?」

という金額に違いなかった。しかしずっとストレスになっていた事故の事。早く解放されたいという想いが強くなっていて、深く考えさせられた。

弁護士費用も、和解・調停だったら成果報酬10%済むけれど、裁判にまでなったら弁護士費用は20%に跳ね上がる。裁判で争えば感情的にはスッキリするかもしれないけれど、それはもはや無意味に思えた。

そして、よくよく相手の立場を考えると、私が1円も追加で支払わずに終えるなんて無理な話だった。相手にとってみれば、自転車を漕いでいたらぶつかられて辛い想いをして、劇団員を辞める原因を作ったのは私。憎まれて当たり前だった。

結局、私はお金を支払う事を決めた。裁判になるなら自己破産すると言い切った。弁護士の人も頑張ってくれた結果、最終的に持ち出しは100万円+弁護士費用380万円で済む事になった。相手側が加入していた保険で別途3000万円使える事になったのも運が良かった。最後は調停で30分もかからずにまとまった。

 

ただ自分でも意外だったのは、終わった時、特別喜ぶ事もできないままアッサリしていた事。

それはきっと、勝っても負けてもどちらも幸せになれない争いの無意味さを思い知らされたから。

 

 

思えば今まで自分の事しか考えてこなかった。

なんで会社は守ってくれないんだと思っていたけれど、会社にとってみたら、1人の社員を守るために大きなリスクを背負うなんておかしな事。もし仮に私のせいで多額のお金が支払われたとして、

「アイツの事故があったからみんなのボーナス下げるんで」

なんて事になったとしたら、みんなが納得する訳がないに決まっている。

 

弁護士が加害者の弁護を断ろうとするのも当たり前の話。彼らにも社員がいて生活がある。保険会社や代理店にだって、競合との価格競争があって数字があって、サポートにお金を掛けられない現実がある。みんなそれぞれの立場で関係者の幸せを願って頑張っている。

最初は人間不信になったり、ムカついていたりしたけれど、相手の立場で考えてみればすべて当たり前の事。

正直今でもいろんな人がいて、

「なんでわかってくれないの!?」

と心がざわつくような事は結構ある。しかしそれも、相手の立場について深く考えてみれば、相手の事を過去から深く調べていけば最後には、

「確かにその背景があるなら、自分でもきっとそうする。」

と分かり合う事ができる。経営コンサルタントとして、社長と社員の間に入ってイライラしてきた事もたくさんあったけれど、それらもお互いの立場をよくよく理解していくと、すべてのイザコザはそうなるべくしてなっているとわかる。

 

さらにもう1つ、そのイザコザだって悪い事とは限らない。私の人生を変えた自転車事故さえも、私にとってはステキな経験。あんな苦しさはもう御免だとは思うけれど、それでも自転車事故がなかったら会社も辞めていないし、今の自分はいない。どんな失敗も困難も苦しみも、人間万事塞翁が馬。何がいい事なのかはわからない。結局今が幸せだったら過去のおかげになるし、今が不幸だったら過去のせいになる。ただそれだけなような気がする。

 

きっと世の中に悪人はいない。悪い事もない。あるのはそれぞれの事情・背景・解釈だけ。それを理解する事ができたなら、誰かを恨む必要はなくなる。敵に見えていた人が味方に見えるようになって、人生がもっと明るくて楽しいものになる。

その可能性にワクワクして、そこにチャレンジするのが楽しくて、私は今も、面白い人・変わった人の取材や発信を続けているのかもしれない。

 

相手の事を知るにはまずは自分から。

もっと本音をさらけ出そう!そして相手をもっと深く理解しようとしてみよう!

いろんな人がいる面白さ・いろんな人生の楽しみ方を共有するために、私はこれからもいろんな人のリアルを取材・発信していきます。

 

「求む!クレイジーなチャレンジャー!」

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

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