私の人生が大きく変わった瞬間。2010年2月10日午後6時過ぎ。自転車事故。

 

それまでの私はすべてが順調だった。

 

大学時代からの付き合いの彼女。遠距離恋愛で10年付き合って結婚したばかり。

仕事では経営コンサルタントとして入社8年目。保険業界向けコンサルティングの立ち上げに成功し、脂が乗っていた頃だった。

毎日が忙しかった。月20日の出張。稼いだお金を使う暇もなかった。そのためお金は溜まる一方。貯金は1000万円以上。将来の不安なんて全くなかった。

 

その日は午後から雨が降り出していた。雨を嫌がりながらも、会社に乗ってきていた自転車で新幹線で名古屋に行くため新大阪に向かっていた。

そんな中、前を見ないでこちらに急ハンドルを切ってきた自転車とぶつかった。私が立ち上がると相手は倒れたまま。

「大丈夫ですか?」

声を掛けても反応がない。それでも顔に触れて声を掛け続けていると隣に自動車が止まった。

「救急車を呼んだ方がいい。」

車から降りて症状を見た運転手に言われた。

人生初の救急車。たいした事がないと思っていた私は冷静だった。救急車が5分も経たずに来た事に驚いたほどだった。

意識を取り戻した彼。付き添いとして救急車に乗り込んだ。病院でしばらく待っていると、彼の家族が駆け付けてきた。

私は新幹線をキャンセルし、ただひたすら座って待った。それから2時間は経ったと思う。彼の母親・妹と一緒に医師の話を聞いた。

軽い脳挫傷という診断結果。彼の家族は驚いていたけれど、ただ頭を打っただけ。

「まぁ大丈夫だと思いますが」

との前置きの後、万が一の事として大袈裟な事を話す医師の言葉なんて信じられなかった。今日はもう遅いからと言われて、そのまま家に帰った。

 

しばらく経って彼が入院する病院にお見舞いに行った。彼は劇団員で37歳。元気だった。安心した。

「大丈夫でしたか?何かあったら病院に行ってくださいね。」

と彼に声を掛けられて、

「大丈夫でした。私もコケて痛かったけど。」

と普通に返事をした。手土産を渡し普通に会話をした。この調子ならすぐに退院だと思った。

でも何かあるかもしれないと思って病院に行った。結果はもちろん異常なし。

しかし治療費は異常だった。

レントゲンとちょっとした検査で3万円以上かかった。事故での検査は健康保険が適用されないらしい。まともな説明もないままサラっと高いお金を請求してくる病院の対応に驚いた事を覚えている。

そして心配になったのは彼の治療費。私が加入している保険を調べると、3000万円の個人賠償責任保険の加入している事がわかった。とはいえ万が一の事があってはいけないと、弁護士に詳しい同期に紹介してもらって無料相談を受けた。

「後遺障害があったとしてもまぁ2000万円くらいまで。3000万円の保険に入っているなら大丈夫でしょう。治療が一段落するまで待っているしかない。」

と言われた。何もできない事がわかったので、なかなか終わらない治療にわずかな心配を残しながら仕事に精を出した。

 

警察と保険会社の手続きを済ませた後、労働局から定期的に送られてくる治療費の請求書。気持ちが悪かった。

保険会社に相談すると、ベテラン担当者が病院の先生に問い合わせてくれた。

「不思議な症状ですね。レントゲンを見ても異常はないはずなのに目眩・耳鳴りするって言うんです。」

いわゆる輩だったのかもしれない。特に彼の兄は曲者に思えた。会社に怒鳴り声で電話を掛けてきた事もあった。医者を何度も変えて診断書を書かせていたようだったけれど、どうしようもなかった。それでも3000万円の保険があるからと数百万円の治療費はさほど気にならなかった。

 

まだかまだかと2年が過ぎた頃、彼の代理人と言う弁護士から内容証明付きの封書を送ったとの電話があった。

自宅の郵便受けを確認すると、そこには1億800万円という意味不明な請求の文書。相手の弁護士に

「どういうことですか?」

と電話で聞くと、

「そこまでは払えないってわかっているから。」

と言う。弁護士を雇うかどうか聞かれたけれど、頭の中はハテナマーク。

「そんなバカな!?」

 

文書をよく見ると、相手がぶつかってきたはずなのに、過失は10対0で私が悪いと書かれている。しかも相手は障害等級3級で一生働けなくなったという状況。意味がわからなかった。

すぐに以前相談した弁護士に連絡すると、急に掌を返した態度。

「これは10対0でもおかしくありません。1億円払わなければいけなくなる可能性もあります。」

などと脅されるハメに。弁護士費用は初期費用数十万円+削減額の20%。

弁護士を雇って争って、仮に5000万円になったとしても、弁護士費用だけで1100万円かかると言う。3000万円保険で賄えたところで私が支払う額は3100万円。

「ふざけるな!」

話にならないと、同期に他の弁護士事務所を紹介してもらって電話をすると

「ウチは被害者専門です。加害者の弁護は引き受けられませんから。」

まさかの門前払いの連続。

「交通事故 弁護士」で検索して出てくる弁護士はほぼすべて被害者専門。

「お気軽に相談してください」と書かれているはずなのに、本当に相談すると加害者は儲からないとわかっているせいかそっけない態度。

仕方がなく法テラスに連絡して弁護士紹介を受けて相談すると、そこでもいかにも煮え切らない態度。

「私には弁護は受けられません。こういう事件に強い弁護士を探してください。」

どうやって探したらいいのか聞いてもまともに答えてもらえないまま相談時間は終了。法テラスで断られるなんて・・・。

どうしようもなくて保険会社に連絡すると、担当者不在でずっと電話に出てもらえず。

ちょうどその前、頼りがいのあったベテラン担当者が転勤になって、やる気のない若い担当者に変わっていた。

折り返しの電話ももらえないまま、それでも2週間何度もかけ続けてやっと電話が繋がった時に言われたのは

「他の大きい案件があって忙しいんです。」

と素っ気ない言葉。私の案件は小さいとでもいうのだろうか?

請求が限度の3000万円を超えた時点でこれ以上はできる事はないとサポートを打ち切られたかのような態度。

「医療過誤に強い弁護士を紹介して欲しい。」

と頼んでも

「大阪の弁護士は知りません。」

と一蹴された。意味がわからなかった。

どうしようもなくて、会社の総務担当役員に相談すると、顧問弁護士に相談したらいいとの事。日程を合わせて新幹線で東京に向かった。しかしその顧問弁護士は

「障害等級3級って何?」

と私の資料を見ても全くわかっていない様子。

「今時の若い弁護士は努力が足りないから仕事がないんだ!」

と居候弁護士に対して批判する割に、障害等級の事さえ知らない知識量と上から目線の偉そうな態度に唖然とした。

親身な対応なんてしてもらえないまま、

「まぁ、この資料は預かるから」

とその日のためにまとめた資料一式を取られた後に衝撃の一言。

「あなたが会社に迷惑を掛けるような事があれば、私はあなたを訴える事になるから。」

弁護は受けられないのはまだわかるけれど、アドバイスなんてものはほとんどなかった。一緒に隣にいた総務担当の役員はフォローなのかどうかもわからないような発言ばかり。

そして促されるように私は1人、その弁護士事務所を退室させられた。

「もしかして騙された?」

相談に乗ってくれるような態度でもなく、訳もわからないまま逆に突き放されて、何のためにわざわざ東京に行ったのかわからなくなった。味方だと思っていた会社に見捨てられたように思えた。どうしたらいいのかわからなくなった。

 

その2に続く