社員、家族、友人、恋人etc、

人間関係ででうまくいかない事を相談すると、

たいてい指摘されるのがコミュニケーション不足。

 

国際関係の問題でも、

「対話が足りない」とよく言われる。

 

でも、そうやって言う人はきっと、

相手の気持ちも実情も、

わかっていない人だと私は思う。

 

 

というのも、

人間関係に悩んでいる人はたいてい、

そんな事はとうの昔に分かりきっているから。

 

まともにコミュニケーションが取れないからこそ困っている。

それ以上にどうにもできなくて悩んでいる。

 

「あなたと話なんてしたくありません!」

「嫌なものは嫌なんです!」

なんて言う人もザラにいる。

 

じっくり話を聞こうとしても噛み合わない。

感情的になってしまって対話にならない。

言っていることがコロコロ変わる。etc、

試行錯誤してもうまくいかないから困っている。

 

 

例えば会社。

 

お客様の声を聞いて、

社員の声を聞いて、

その通りにできるのであれば、

それでうまくいくのであれば、

きっと世界中すべての会社がうまくいっているし、

経営の悩みなんて存在しないはず。

 

お客様の望み通りに取り扱い商品を増やし、

お客様の望み通りに値下げをして、

お客様の望み通りに休日・夜間も営業する。

 

社員の望み通りに給与を上げて、

社員の望み通りに休みを増やし、

社員の望み通りに時間を使わせる。

 

そんな事は現実的に不可能だからこそ悩んでしまう。

 

一致しない利害関係。

 

お客様の望み通りにしようとすれば、

社員が疲弊して不平不満が出る。

 

社員の望み通りにしようとすれば、

お客様の望みを叶えられずに離れていってしまう。

 

1人の社員の望みを聞けば、

他の社員にしわ寄せがいく。

 

どちらかを立てれば、

どちらかが立たなくなるという

ゼロサムゲーム的な関係にある以上、

どれだけしっかりコミュニケーションを取ろうとしても

一部の”もの分かりの良い人”を除き、

対話は平行線にしかならない。

 

 

家族関係に悩む人も同じ。

 

奥さんの望み通りに早く家に帰ってきて、

奥さんの望み通りに家事育児を手伝い、

奥さんの望み通りに愚痴を聞き、

奥さんの望み通りにたくさんお金を稼ぐ。

 

旦那の望み通りに子供の面倒を見て、

旦那の望み通りに家を綺麗に掃除して、

旦那の望み通りに美味しいご飯を作って、

旦那の望み通りにいつも笑顔でいる。

 

お互いそれができないから悩んでいる。

 

できないと伝えても、

わかってもらえないから困っている。

 

家庭に仕事に、自分のやりたい事もある。

大切にしたいものが1つだけではない以上、

結局何をしたって、どこかに不満は残る。

 

 

「国民の声が届いていない!」

「上の人たちは現場がわかっていない!」

と怒る人もいるけれど、きっとそれは違う。

 

お金も時間も資源も有限。

 

わかってしまったら何も動けなくなるとわかっているだけ。

わかったところでどうにもできない状況があるだけ。

 

全てを満たすウルトラCを見つけるしかないけれど、

それがそう簡単に見つからないからこそ困っている。

 

 

そんな誰もが悩む人間関係の問題は、

どれだけコミュニケーションを取っても100%は解消されない。

 

ただ唯一、

本質的な解決策があるとしたら、

それは執着を捨てる事。

 

自分の時間もお金もすべてを失っても良いと受け入れる事。

 

自分が大切にしてきた会社も、仕事も、家族も、

そして自分の命に対する執着さえも

すべて手放す事ができたのなら、

それはいわゆる悟りの世界。

 

問題を問題と認識しない状態になって、

人間関係を含めて、すべての悩みはなくなる。

 

と、理屈としてわかったところで、

執着を捨てる事はなかなかできない。

 

見栄やプライド、理想やこだわり。

譲れないものがあるから相手とぶつかる事になる。

 

何かを守るため・成し遂げるため、

本気であるからこそイライラしてしまう。

 

諦めてしまえばうまくいくとわかっていても、

諦められないから困っている。悩んでいる。

 

 

その上で、私が思う現実的な解決策は2つ。

 

1つはさらけ出す事。

 

結局、人が人を叩こうとする理由は、

心が満たされていないから。

 

相手が自分を同じ人間だと

思ってくれている前提があるのであれば、

さらけ出す事で人間関係は改善する。

 

自分が相手と同じように苦しんでいて、

全然うまくいっていないと思われる状態だと伝われば、

その相手の嫉妬の対象から外れて穏やかになってくれる。

 

そして、みんなが笑顔になれる

理想に向かって舵を切る事で、

敵対関係にあった人が協力してくれる時もある。

 

ただもし、相手が自分を

「家畜・虫ケラ」くらいに思っていたのなら、

イジメの問題と同じように、

「ムカつくから」「誰でもいいから」

程度の理由で責められる時もある。

 

 

現実的な解決策の2つ目は、

できるだけ曖昧なままにしておく事。

 

白黒ハッキリさせようとしてしまうからこそ、

不満が噴出する。ケンカになる。

 

人間は長所と短所があって、

ある意味不完全だからこそ面白い。

 

解決できない問題を問題として叩こうとしたり、

どちらが正しいか決着を付けようとする事自体が争いの元。

 

できる限り問題を放置したまま、

新しいワクワクする方向に向かう事で、

問題が気にならなくなったり、

結果として解決されていくのが

自然にうまくいかせられる形。

 

 

昔はなぁなぁで済まされていた事も、

インターネットの進歩・スマホの普及によって

「あれ?そうだったっけ?」

では済まなくなってきてしまっている。

 

記録が残ってしまって、

法律・証拠がわかりやすく調べられてしまって、

グレーゾーンが機能しにくくなった事が、

大した事のない問題でも、

大きな揉め事に発展してしまう

原因になっているような気がする。

 

 

 

人に成長欲求がある以上、

不平不満は一生なくならない。

 

どれだけコミュニケーションを取ったって、

コミュニケーション不足だと言われ続ける。

 

そう思うと、結局は、

コミュニケーション不足なんて問題に

囚われている事が問題。

 

大切な事は前に進む事。

 

問題なんて放置して、

理想も悩みもすべてさらけ出して、

前に向かって突き進む事。

 

リスクを取って本気で動こうとする人の意見と、

他人事で何も考えていない人の意見が

同じ重みを持つ民主主義的平等思想は、

変化の激しい今の時代には合っていない。

 

コミュニケーション不足なんて問題に目を向けたって、

それはただの短所是正で、

理想を叶える方向には進んでいかない。

 

さらけ出しても不平不満を言う人には囚われず、

一部の同志の協力を仰いで前に進む事が、

結果としてすべての問題が解決される(気にならなくなる)

現実的な方法だと思うのです。