「結果がすべて」と言う人はいるけれど、
そういう人ほど、目標達成の結果にこだわっているように見えて、
実はプロセスにこだわっているケースはかなり多い気がする。
実際今の日本では、
卑怯な事をして勝った人よりも、
正々堂々努力して負けた人の方が評価される。
目的のために手段を選ばないような人は、
たとえ目的を果たしたとしても嫌われる。
逆に目的を果たせぬまま美しく散った人を、
好きになったり、尊敬している人は多い。
そう思うと多くの人は、
目標を達成したいのではなくて、
目標を達成する達成感を味わいたいだけのような気がする。
それ故の矛盾が
ビジネスの場においても多いと感じる。
たとえば集客。
セミナー100人集客するのに簡単な方法は、
それが得意なスタッフも、苦手なスタッフも、
みんなで集客に苦しんで頑張る事ではなくて、
セミナー100人集客するのが得意で簡単にできる人を探して頼む事。
しかし、もしスタッフは誰も頑張らず、1人も呼ばずして、
集客が得意な外部のたった1人が100人を集めてしまったとしたら、
達成感はほとんど味わえない。
だからその方法がわかっていたとしても、
楽しくないから、あえてやりたいとも思われない。
スタッフからの反発があったり、
難癖を付けて避けようとされて実践されない。
例えば経営。
小さな会社が大企業に立ち向かう姿勢に喜びを感じている社長は、
会社の規模を大きくさせる事を嫌いがち。
その会社が業界・地域トップになるとやる気をなくす。
もし他の大企業の力を借りて簡単に立ち向かう方法があったとしても、
チャレンジする喜びが失われてしまうためにあえてその手段は取られない。
目的のために手段は問わないくらい
本気にならざるを得ない状況に追い込まれたら人は変わる。
社員のクビを切ってでも、
人を騙してでも、
プライドを捨ててでも、
人はすぐ行動してその目標を叶える。
しかしそこまででもなく、
目標達成という結果よりも
その達成感(プロセス)を楽しみたいが故に動かない。
「やり方がわからない」と言って
方法やテクニックを求めたがる人は多いけれど、
ほとんどは、ただの建前のように感じる。
というのも「やり方がわからない」という人の9割は、
本当にやり方がわかったとしても実践しないから。
それは悪い事ではなく、
願いが簡単に叶わない事を望んでいる結果なのかもしれない。
「1億円が欲しい!」
「あのアイドルと結婚したい!」etc、
もし、ドラえもんの「もしもボックス」のように、
すべての願いが3秒以内に簡単に叶う世界があるとしたら、
人生はとてもつまらなくなるだろう。
テレビゲームでハードモードが選べるように、
簡単に願いが叶わないからこそ楽しめるという側面もある。
私も含め多くの人は
やり方をわかっていても動けない。
結婚したいと言う割に、結婚相談所を使うのを嫌がる。
痩せたいと言う割に、脂肪吸引を嫌がる。
会社を辞めたいと言う割に、転職・起業を嫌がる。
美しくになりたいと言う割に、整形手術を嫌がる。
お金が欲しいと言う割に、恵んでもらうのを嫌がる。
でも、そういうのも含めて人間。
だからこそ面白い。
何か目標を立てる時、
「●●したい!」と言っていたとしたら、
それこそ、
「その目標ができていない現実」
を信じてしまっている証拠な気がする。
例えば、
「社員・お客様を幸せにしたい」
という願いを叶えるとしたら、
「今、幸せではない社員・お客様」
が必要になってしまう。
そのために必死になって、
社員・お客様が幸せではない状況を作り出して、
自作自演の暇つぶしをしているだけなのかもしれない。
理想というものはきっと、
執着を捨てた時に、
自然な形で手に入っているもの。
「幸せになりたい」
と願っているうちはなかなか幸せになれない。
幸せに対する執着を外した時に
「あれ!?思えば今って幸せじゃん!?」
と今ある幸せに気が付いて、自然に手に入っているようなもの。
お金も同じ。
「お金持ちになりたい」
と願っているうちはお金持ちにはなれなくて、
執着を外せば、
「あれ!?思えば今ってお金あるじゃん!?」
と今ある事に気が付く事ができるもの。
「幸せになりたい」
「お金持ちになりたい」
と言う人ほど、
簡単にそうなっては、
幸せ・お金持ちになる達成感を味わえないからと、
無意識のうちに幸せ・お金を遠ざけようとしているだけなのかもしれない。
目標を達成しても達成感を味わえるとは限らない。
もしかすると、
達成感を味わいたいという本音・潜在意識のために、
その苦難を乗り越えるプロセスを味わうのが人生!?
私も存分に楽しんでいきます。