幸せ

 

人の言動は矛盾に溢れている。

 

時間が欲しいと言う割に、

本当に暇になると不安になって忙しさを求める。

 

お金が欲しいと言う割に、

お金儲けをする事を嫌がる。

 

好きな事をやりたいと言う割に、

他人に否定される事を嫌がる。

 

社長もそうだ。

 

売上をあげたいと言う割にリスクを嫌う。

 

新しい事にチャレンジしたいと言う割に、

失敗はしたくないと言う。

 

自分がいなくても回る会社にしたいと言う割に、

会社に自分の居場所がなくなるのを怖がっている。

 

 

変化と安定、癒しとトキメキ、規模拡大と親近感 etc、

どちらかを手に入れる事によって失ってしまう相反するモノ。

 

自由に責任、成功に孤独、成長に失敗、充実に苦労 etc、

手に入れようとする事で否応無く付いてきてしまう余計なモノ。

 

片方を満たせば、もう片方が満たされなくなる。

メリットを手に入れる事で、デメリットが付きまとう。

 

それをわかっているようで、わかっていなくて、

人はモヤモヤしてしまっているのかもしれない。

 

 

とはいえ、誰もが必ずどちらかを手に入れているのだから、

よほどの状況でない限り、

考え方次第で今を幸せだと感じる事ができるはず。

 

しかし、なかなかそうならないのは、

幸せであるはずなのに、

幸せだとは認めたくない矛盾を抱えているから。

 

私も以前、

「おまえはいいよな〜。道楽で仕事ができて。」

と言われて悔しくなった事がある。

 

「そんな事ないって!」と否定してしまったのは、

「いいでしょ。羨ましい?」と笑って返せなかったのは、

頑張っている自分を認めて欲しかったから。

 

夫婦喧嘩も、客観的に捉えると、

「私は家事に子供の世話で大変なのよ!」と言う奥さんと、

「いや、俺だって仕事が大変で・・・」と言う旦那による苦労自慢大会。

 

そうさせてしまう原因は「寂しさ」。

 

人は頑張る目的について

家族のため、会社のため、世界のためなど色々言うけれど、

本当の目的はきっと、

頑張っている自分を誰かに認めて欲しい。

頑張っている自分を自分で認めてあげたい。

 

そんなシンプルなものではないだろうか。

 

幸せな人でも、幸せではないフリをしてしまうのは、

今を幸せだと認めてしまうと、きっと、

頑張っている自分を認めてもらえないような気がしてしまうから。

 

 

自分自身ではなかなか気付けなくて、

指摘されても恥ずかしくて認めたくない人も多いかもしれないけれど、

それでも、そんな寂しくて認められたいと思う自分を

そのまま受け入れられると楽になれる。

 

イライラした時も、

「あ、自分って今寂しいと思っているんだ」

と客観的に捉えられるようになってイライラが収まる。

 

相手の寂しい気持ちがわかるようになって、

怒っている人も、なぜか少し、いとおしく思えるようになる。

 

 

自分の寂しい気持ちを素直に受け入れる事。

そして、今を幸せだと認められない人が、

ほんの少しだけ、幸せを受け入れる勇気を持つ事。

 

それだけで社会はもっと優しいものになっていくと思うのです。